生き生き健康 No.09 休養―その積極的な意味

生き生き健康


休養―その積極的な意味
 健康づくりには三本の柱があるといわれます。栄養、運動そして休養です。栄養(食事)と運動(体を動かすこと)については前回までに述べてきました。今回は休養について話を進めてみましょう。
休養は再生産のために必要不可欠
 

 休養というと疲れた体をベッドに休めるとか、毎日のストレスが溜まった頭を休めてボーッと過ごすとか、そういう場面を想像します。それも大切な休養です。運動がどんなにいいといっても連続してやって良いわけありません。運動は筋肉の緊張を伴う行為ですから必ずそこには疲労が生じます。休みを取ってその疲労を取り除き、また運動をする事で健康づくりができるのです。運動は休養と組み合わさって初めて効果があがるといえます。

栄養についても同様で、どんなに体によい食品でも食べるのは体のほうです。特に胃や腸が働いて初めて消化・吸収され栄養になるのです。胃腸が疲れたのではうまくいきません。食事と食事の間は休ませてやらねばなりません。時にはうんと空腹にしてやってごらんなさい。食事がとてもおいしく、消化・吸収が進みます。

そういうわけで休養は次なる活動を活発にするためにすること、つまり再生産をうまく進めるために必要なことと言えます。

そこで、一日の心身の疲れを取り除くために最も有効なのはなんと言っても睡眠です。そして一週間の疲れを取るために日曜日があるのです。睡眠については別に改めて書くことにします。日曜日については現役時代あれほど待ち遠しかったのに、毎日が日曜日になってみるとその有難味がわからなくなります。日曜日の存在すら忘れてしまうほどです。やはり休みは仕事に疲れ、休みたいと思うとき、有難味があるというものです。別の言い方をすれば体が休みを要求すると言ったほうがいいのかもしれません。

「消極的休養」と「積極的休養」

それでは、休養の仕方について考えてみましょう。今述べましたように、使った体を休ませる、確かに大切な休養の方法です。しかし、時には日頃しない経験をするとうんと休まることがあります。極端な例を言いますと、右手ばかり使って仕事をしている人がいるとします。右手が疲れたら、右手を休ませるのも休養ですが、右手をただ休ませるだけでなく、反対の左手を使ってみると不思議と右手の休養になるのです。人間の体はバランスをとりながら全体で働いていると考えられるからです。

 ただ休ませるだけの休養を消極的休養、反対側のものを使って休養を取ろうとするのを積極的休養といっています。

日頃、体を使っている人は時に頭を使って見ましょう。もちろん、いやなことを無理にすることは休養どころかストレスになります。何か楽しい趣味を持つこと、芸術的なものに触れること、読書もいいでしょう。

日頃、頭を使ってばかりいる人は、時にスポーツに汗を流すもいい、と言っても大げさなことでなく体を動かす程度でも結構です。運動が休養になることだってあるというわけです。

脳の働き場所をかえることも休養

 

 頭を使う人もよくみると実は脳の全部を使っているのではありません。日頃、本を読んだり、文章を書いたり、計算をしたり、帳簿をつけたりなどをしている人は脳の左半分を使っているのです。知性の脳といわれる部分です。そういう人は音楽や芸術に触れること、美しいものを見たり、楽しいことで感動したりすれば頭は休まるのです。それは右半分の脳が働いたのです。右半分は感性の脳といわれる部分です。

 体も使わない、頭も使わない、何もすることが無い、ただボーッとしているのは休養ではありません。そんな人は体の働きも脳の機能も衰えていきます。

休養とは何もしないことでなく、何かをするために休む。何かをしてリフレッシュするということです。