生き生き健康 No.18 これからこそ輝いて(2)

生き生き健康


これからこそ輝いて(2)
(2)学習と努力で精神活動を更に高めよう(精神面の健康)
——————————————————————-———-
 人の生涯をみると、30歳から50歳代までを成人とし、この時期が人生の完成期、それと比較して、子供は未熟期=成長期、高齢者は衰退期という言い方をします。 確かに、体力は20歳代がピークです。体格や体形、外観上の姿は50歳を過ぎた頃から衰えは目立ちます。高齢期とは、正に衰退期だと納得しそうになります。待ってください。人間は外観上の姿形、肉体的に強い弱いで決まるわけではありません。人間の価値、別の言い方でいえば完成度はむしろ、精神的な面が大事だと思いませんか。

 人間の活動力を身体面と精神面とに分けてみると、身体活動は前述の通りかもしれないけれど、精神活動は病的な老化を起こさない限り80歳位まで立派に上昇し、そのあとも、人によっては更に高い水準のまま維持しつづけていくといわれます。

——————————————————————-———-
 職場などでは定年制があって、後進に道を譲るのはいいことでしょうが、身体的衰退を理由に、あなたの人生はこれまで、と決め付ける必要は毛唐ありません。いやむしろ、それからの精神活動は上昇していくのですから、その能力、いわば社会の宝を活用しない方が間違いです。昔は、高齢者は長老と呼ばれ社会的地位も高かった。長年の経験を重ね、多くの知恵を持っていたので世の中でも大切な役割を果たしたのです。
 ところが、近年は、残念ながら、高齢者は邪魔者扱いされます。「昔と違って今時は、社会の変化がめまぐるしく、ゆっくりしていたのでは間に合わない。新しい情報が次々に入ってきて、昔の知恵は役に立たない・・・。」というのです。確かに、若者の言い分もわかります。しかし、そこで負けることはありません。  高齢者の精神活動は計算力のような機械的作業は速度が鈍ってくるけれど、想像力、洞察力など総合的に判断するような高度の働きは衰えるどころか、益々深まっていきます。さまざまな精神活動を少し詳しくみてみましょう。
 精神活動の中でたしかに衰えが早いものもあります。特に身体機能と密接につながっているもの、私たちの感覚がそうです。見る、聴く、嗅ぐ、味わう、触れるといった5つの感覚で、生活するのに大切なものですが、どちらかというと動物的なもので、人間にとっては退化しつつある感覚ですから、年をとると益々衰えが目立つのです。
ただし、視力も見るものに焦点を合わせるための調節能力が落ちてくるので焦点を合わせれば見えます。聴力も高い音は聞きづらくなりますが低い音は聞こえます。低い音は心を静かにし、なごませてくれるのです。年をとると、心が内なる方向に向いていくようになっていくのだと思います。
——————————————————————-———-
  次に記憶についても残念ながら物忘れは多くなります。それは長年の情報が脳の中にいっぱいつまっていて、適当に捨てようというのでしょう。特に、電話番号や人の名前のように一種の符号のようなものは忘れます。自分の経験と結びついたものや理屈に合ったことなど大切なことは憶えているものです。
 精神機能の中で最も重要なものは、事に及んで判断したり、想像したり、総合的に考え、洞察する力です。その点では年と共に一層充実し深まります。80歳、90歳になって、体はいささか不自由になってもすばらしい芸術作品を創作したり、心の道を説く偉い宗教家がいらっしゃる。
しかし、今日の文明はコンピューターが代表するように、大量の情報を瞬時に符号に置き換え、伝達したり、計算したりします。正にスピードが要求され、作業は全く機械的です。高齢者の精神活動、知的作業とは別の世界といわざるを得ません。
高齢者の素晴らしい知恵が発揮されるのには時間が必要です。その知恵が発揮される前に低下している機能が表面的に取り上げられ、役に立たないといわれる事になります。高齢者もこれでは自信を失くし、次第に消極的になっていきます。「使わないものは衰える」の原則通り精神活動でも使う機会がないと折角の素晴らしい宝も腐っていきます。
学習能力は高齢になっても衰えないといいます。60の手習い、70の学習、いや生涯学習こそ大切で、社会が多様化し、情報が多い時代ですから、これまでの経験と新時代の知恵を学習すると、更に自信が尽き、それが生き甲斐になっていくのではないでしょうか。
もちろん、若者と心の交流ができる環境作りは必要です。高齢者はこれから積極的に新時代を切り抜いていくべきです。21世紀は高齢者の世紀ですから。